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大阪地方裁判所 昭和50年(わ)3760号 判決 1977年5月23日

主文

被告人を懲役六年及び罰金二〇〇万円に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人から金三〇〇万円を追徴する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年初ころ暴力団佐々木組系栗岡組組員となり、昭和四七年ころからは右佐々木組組員となつたうえ、同年一二月ころには自ら川崎組を結成して組長となり、その傍ら金融業を営んでいたが、昭和四九年五、六月頃から早水忠雄らの韓国からの覚せい剤の密輸入に関係していたものであるところ、

第一  野田開治、中林数教、桝矢顕文、溝口弘、前田公生らと共謀のうえ、営利の目的で、韓国から覚せい剤を密輸入しようと企て、

一  昭和四九年九月一三日ころ、右野田において韓国人朴正益から同人がビニール袋三袋に小分けし木彫置物二個に分散して隠匿格納したフエニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末約二キロ五〇〇グラムを購入したうえ、右中林においてこれを携帯して韓国釜山空港から日本航空九八二便航空機に塔乗し、同日午後四時ころ、大阪府豊中市螢ヶ池西町三丁目五五五番地大阪国際空港に到着してこれを本邦内に持ち込み、もつて右覚せい剤を不法に輸入し、

二  同月一四日ころ、右野田において前記朴から同人がビニール袋一袋に入れたうえ木彫置物一個に隠匿格納した前同様の覚せい剤粉末約一キログラムを購入したうえ、右野田及び桝矢においてこれを携帯して前記韓国釜山空港から大韓航空三〇七便航空機に塔乗し、同日午前一〇時四二分ころ、前記大阪国際空港に到着してこれを本邦内に持ち込み、もつて右覚せい剤を不法に輸入し、

第二  野田開治、中林数教、溝口弘、前田公生らと韓国から覚せい剤を密輸入するに際し、右の者らと共謀のうえ関税を免れようと企て、昭和四九年九月三〇日、右野田において、前記朴から同人が木彫置物二個に隠匿格納した前同様の覚せい剤粉末約四キロ五七七・四六グラムを購入したうえ、同日右野田及び中林においてこれを携帯して前記韓国釜山空港から大韓航空三〇一便航空機に塔乗し、同日午後四時一一分ころ福岡市博多区大字上柳井三四八番地福岡空港に到着し、同日午後四時三〇分ころ、同空港内福岡空港税関支署旅具検査場において、税関職員の旅具検査を受ける際、前記覚せい剤粉末を木彫置物内に隠匿している事実を秘匿してそのまま通関し、もつて、不正の行為によりこれに対する関税一五万〇九〇〇円を免れ、

第三  法定の除外事由がないのに、営利の目的で、

一  同年一〇月一日午後一時三〇分ころ、和歌山市汐見町三丁目三〇番地の被告人方において、前同様の覚せい剤粉末約二キログラムを所持し、

二(一)  同年一一月一日ころ、前記被告人方において、北村英行に対し、前同様の覚せい剤粉末約一〇グラムを代金二二万円で譲り渡し

(二)  同月二日ころ、右同所において、右北村に対し、右同様の覚せい剤粉末約一〇グラムを代金二二万円で譲り渡し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、判示第一の一、二の各覚せい剤の輸入の点及び判示第二の関税逋脱の点について、被告人には共謀の事実がなく、また、右輸入については、野田開治らが被告人以外の者からも仕入れを頼まれていること、渡韓の日程について同人らが一方的に決定し、かつその仕入先や価額について被告人は何ら知らないこと、同人らは品物の質が悪ければいつでも取替える約束をしていることなどから、被告人は共謀共同正犯ではなく、幇助犯ないしは右野田らが輸入した覚せい剤を譲受けたものとみるのが妥当である旨主張する。

そこで検討するに、関係証拠を綜合すると、被告人は、昭和四八年九月ころ、かねて韓国からの覚せい剤の密輸入に従事していた早水忠雄、中林数教らと知り合つたが、同四九年五月ころ、溝口弘、前田公生から「覚せい剤を韓国から仕入れたいので、仕入先を紹介してほしい。」旨依頼され、これに応じて、同人らを右早水、中林らに引合わせるとともに、その際被告人は、かねて覚せい剤の入手方を依頼されていた小島安次郎から調達した一〇〇〇万円を早水に交付して、覚せい剤の密輸入方を依頼したこと、そしてその後数回にわたつて早水、溝口、前田らと共に韓国から覚せい剤を密輸入したが、早水がこの間渡航先の韓国でトラブルを起こしたことがあつたため、これに危険を感じた右溝口及び前田らから、早水と手を切り同人の代りに、良質な覚せい剤を仕入れている野田開治と共に密輸入をしてはどうか、との提案があつたので、被告人は野田に会つてその信用性を確かめることとし、同年八月初めころ被告人の自宅付近の喫茶店で溝口らから野田及びその仲間の桝矢顕文の両名を紹介されたのち、同人ら及び溝口、前田を海南市内の料亭「美登利」に招待し、その席上で同人らと覚せい剤の密輸入の段取りについて話合つたこと、席上では主として野田が溝口に対して覚せい剤は一人一キログラム位しか運ばせない、事故があつても半分位は弁償する、グラム一万円で取引し、その仕入資金は前渡しとする、一度要領を見るため誰か一人、自分の渡韓に際し同行して欲しい旨説明し、被告人もこれを了承し、溝口に対し渡韓すべき旨依頼したこと、これに基づいて同年八月一二日ころ溝口が野田とともに渡韓し、野田において仕入れたうえ、溝口及び中林数教が覚せい剤約三キログラムを密輸入したが、この時の仕入資金三〇〇〇万円のうち二〇〇〇万円は被告人が調達し、残り一〇〇〇万円は溝口らが調達したこと、その後同年八月一七日ころ、被告人は溝口、前田と共に和歌山市和歌浦の料理旅館「万波楼」に野田、中林、桝矢を招待し、同人らと話し合つた結果、今後は被告人、溝口、前田らは渡韓しないで、野田、中林、桝矢が渡韓して搬入してくることとし、野田らが渡韓する日を連絡し、被告人らはこれに間に合うように資金を提供するということに決まつたこと、これに基づいて判示第一及び第二の各犯行の際、被告人は溝口を通じて、野田らから渡韓の日程の連絡が入る都度、小島その他の者から二〇〇〇万円もの金員を調達し、溝口、前田らも別途金員を調達して、これを仕入資金として野田に交付し、野田が中林や桝矢と渡韓し、野田において右被告人及び溝口らから交付を受けた資金のほかに自己の用意した仕入資金も加えて朴正益から覚せい剤を仕入れたうえ、中林や桝矢とともに航空便で本邦内に搬入して密輸入し、被告人、野田及び溝口らにおいて右密輸入にかかる覚せい剤のうちからほぼ資金額に応じて配分して取得していたこと、被告人らは右覚せい剤の密輸入に際し当然関税を逋脱する意図を有していたこと、並びに被告人において野田の韓国での仕入先及びその仕入価額の詳細については知らなかつたこと、以上の事実が認められる。

以上認定の事実関係によれば、被告人は野田らとの間に共同して覚せい剤を本邦内に搬入することについて謀議し、互いに仕入資金を出し、野田、中林、桝矢において密輸入の実行に当り、輸入にかかる覚せい剤は各自の出した資金額に応じて配分したものと認めるのが相当であるから、被告人において野田の韓国での仕入先やその仕入価額について知らなかつたとしても、判示第一の各覚せい剤の密輸入及び判示第二の関税逋脱について共謀共同正犯としての罪責を免れないものといわなければならない。弁護人の右主張は採用しがたい。

二  さらに、弁護人は、判示第二の関税法違反の点について、覚せい剤を密輸入した場合には、覚せい剤の密輸入罪のみが成立し、関税逋脱罪の成立の余地はない旨主張する。

本件において、判示第二の関税逋脱に先立つて、その日に同判示の覚せい剤を本邦内に持込んで輸入したものであることは関係証拠上認められるところであるが、右覚せい剤輸入の点については起訴されていないことは記録上明らかである。ところで、覚せい剤取締法一三条は覚せい剤の輸入及び輸出を絶対的に禁止しているから、かかる絶対的輸入禁制品である覚せい剤については関税の課税は予定されず、したがつて関税の逋脱もあり得ないのではないかという所論のような疑問が生じるわけである。しかしながら覚せい剤(フエニルメチルアミノプロパンおよびその塩類)が有税品であることは関税定率法(関税率表29・22)上明らかであり、かつまた、ある物品の輸入を国民の保健衛生上有害な行為として禁止することと、関税の確保ないしは通関秩序の見地から禁止にもかかわらず輸入された物品に対し課税することとは、必ずしも矛盾せず、互いに法条競合の関係に立つものでもないと解すべきであるから、弁護人の右主張も採用しがたい。

(法令の適用)

被告人の判示第一の一及び二の各所為は、それぞれ刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項(同条一項一号)、一三条に、判示第二の所為は、刑法六〇条、関税法一一〇条一項一号に、判示第三の一の所為は、覚せい剤取締法四一条の二の二項(同条一項一号)、一四条一項に、同第三の二の(一)及び(二)の各所為は、それぞれ同法四一条の二の二項(同条一項二号)、一七条三項に各該当するので、それぞれの所定刑のうち、判示第一の各罪については情状により覚せい剤取締法四一条二項後段を、判示第三の各罪については情状により同法四一条の二の二項後段をそれぞれ適用していずれも有期懲役刑及び罰金刑を併科することとし、判示第二の罪については所定刑中懲役刑を選択すると、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により所定の罰金額を合算し、右刑期及び合算額の範囲内で被告人を処断すべきところ、情状について検討するに、本件は大量の覚せい剤を組織的、計画的に韓国から密輸入し、あるいは関税を逋脱したうえこれを所持し、他へ譲渡した悪質な事案であつて、資金調達等の面において被告人の果した役割は重要であり、取り扱われた覚せい剤ないしは被告人の入手した覚せい剤の量は多く、その社会に及ぼした害悪が大きいこと及び被告人の得た利益は暴力団の資金源となされた形跡がうかがわれることなどを考えると、被告人には、同種の前科がないこと、その家族関係、健康状態、本件検挙後川崎組を解散し正業につくことを予定していることなどの諸事情を考慮しても、被告人の刑責は重大といわなければならないから、右の刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役六年及び罰金二〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一五〇日を右懲役刑に算入することとし、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、なお、判示第二の罪にかかる覚せい剤粉末中没収することができない残余の三キログラムについては、関税法一一八条二項により、大蔵事務官平井康時作成の犯則物件鑑定書及び裁判所書記官の電話聴取書により、判示第二の犯罪が行なわれた時の右覚せい剤の国内卸売価格と認められる金三〇〇万円を被告人から追徴し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用してこれを被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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